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当方見聞録
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 白文字タイトルをクリックしたら読めます。そう、それ。
悪魔の杭
大阪の女
米騒動再び
関西人の機転
曲者
差額10円

家計と趣味
自首
恐怖の旅
野次馬の結末

狙われた幼い命。巧妙に仕組まれた罠に立ち向かう!
洗脳の実態が今明らかに?
時代は平成。再び米騒動が巻き起こる
ぼけとつっこみの国:関西。その一面をかいまみた
曲者が現れた時の正しい対処方法とは?
たった10円。されど10円。この怒りはどこへ・・・
    → 2002.10.4より完全禁煙。えらい?
金のかかる趣味を持つと大変です
悪事をしでかしたら自首しましょう
こんな旅も案外悪くないかも
野次馬の結末や如何に


注)暗くて読み難いような気がするのはおそらく日蝕の影響です

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悪 魔 の 杭
天気の良い、しかし寒い日だった。
友人宅へ長男誕生祝の品を届けに行ったついでに夕食などをご馳走になり、和やかな雰囲気を満喫している間にも奴等は着々と準備を整えていたに違いない。
どっぷり日も暮れ日曜洋画劇場が始まろうとする頃、帰路についた。6ヶ月になる子を家に置き去りにして出掛けたので、心配になり家へ向かう足取りも自然と速くなっていた。きっとお腹を空かしているに違いない。しかし、そんな時に限って道路は順調に進めなくなるもので、いつもなら15分もあれば到着する距離なのに15分経ってもまだ到着できずにいた。

予定時間を10分ほどオーバーし我が家へ到着。駐車場へ車を入れる最中から彼の声が聞こえていた。彼はイヌ科の雑種で、昨年の夏も終わりに近づいたある日、我が家の一員となったのである。
余談だが、東京へ出張中に電車の中でこんな話を聞いた(聞こえてきた)事を思い出した。中年を少し過ぎたくらいのサラリーマン風の男性2人の会話である。

男性A 「犬はかわいいよ。いつも俺が帰るのをとても喜ぶんだよね。」
男性B 「犬ってさ、主人が誰なのか知ってるんだよね。」
男性A 「最近さ、家に帰っても誰も喜ばないんだよ。」
男性B 「ああ、家もそうだよ。昔はそんな事なかったんだけどね。」
男性A 「そうなんだよね。この頃、家内や子供なんて
      俺が帰っても無反応だからさ。犬がかわいくて。
      あいつだけだよ俺が帰るのを喜んでくれるのは。」
男性B 「ああ、家も犬飼おうかなぁ・・・。」

悲しい会話であった。しかも、大きな声で楽しそうに話す2人を見て、「ああはならない様にしよう。」と心に誓った出来事だった。幸い現段階では、とても喜んでくれる犬と、少し無反応な妻(きっと喜んでるはず)、そして、全く自己中心的な娘(0歳)が三者三様あたたかく迎えてくれる(?)ので、あの時心に誓った事は誓約としての意味をまだ持っているようだ・・・。

本題に戻ろう。車から降りた時には、彼の頭の中には、いつもより遅い夕食の事と、主人と戯れる時間(散歩)の事でいっぱいだったに違いない。早速、いつもと変わらない夕食(ドックフード)を与える。彼は少々変わり者で、優先順位が、「遊ぶ(散歩)>食事」なので、その日も、与えた夕食を全てたいらげる前に「散歩へ連れて行け!!」(私にはそう聞こえる)と鳴くのだった。外は寒い。1月だから当然といえば当然なのだが、こんなに寒い時に喜んで散歩に行く彼等の心境は如何なるものなのだろうか。そんな事を思いながら、家の裏に流れる川の堤防と呼ぶにはあまりにも貧相な土手へ彼を連れて行き、いつもの様に放してやった。よほど退屈していたのか、その日はやけにじゃれついてくる。私も調子に乗って彼の相手をしていた。ちょっと気の効いたアニメであれば、何かの花びらが舞い、さわやかな風の吹く河原で駆け巡る犬と、それを見守る飼い主がいる風景を温かいバックミュージックで彩るってな風景を思い浮かべてもらえば、その時の楽しい一時を理解して頂けるだろう。そんな時間がほんの少し流れて物語は終局へと向かって行くのである。時計は23時近くを刻んでいた。

一際強い風が私達を包み込み、寒さに耐え得ず、バックを彩っていた花びら達が何処かに飛んでいった時、帰る決心をしてはみたものの、彼を拿捕しなければならない現実に気が付いた。彼の頭の中ではまだ花びらが舞っているようだ。しかし、ここは主人としての威厳を保つために彼を一喝し、素早く拿捕し帰路に付く・・・予定が、主人としての威厳なんてこれぽっちもありゃしない。彼は軽快なステップで私の魔の手から逃れ続ける事、十数分。今思えば、それは奴等の計算通りであったに違いない。

軽快に走り廻る彼の前方に彼の車幅(?)の1.5倍程度の間隔でしっかりと打ち込んである2本の杭があった。その日、彼は杭の間を猛スピードで2度駆け抜けている。3度目の挑戦が悲劇の始まりだった。彼が3度目に挑戦した時、向かって右側の杭と彼の右後足が奏でる悲痛なハーモニーが聞き取れた。「いってー!!」こんな表現では彼に失礼かもしれないが、私には「キャイン!!」がそう聞こえた。そこまでは、家の中で柱の角に小指をぶつけてのたうち回る我々と同じである。その場合も多少は奴等の仕業に違いないのだが、その日はさらに周到な下準備が施されていた。彼は、ぶつけた足がよほど痛かったのだろう、我々人間が、金槌で指を叩いてしまった時に、痛さの余り手を振ってしまう(振ったところで痛みは飛んでいかないのだが・・・何故振るのだろう???)ように、彼も右後足を振ろううとした。走っている最中に。彼は転んだ。何もない平坦な所で転ぶ人もいるのを考えると、あの時の状況では転んでもしょうがない、いや、転んで当然であったろう。しかし、その先に奴等の仕組んだ最後の罠が待ち構えていたのだった。前述したが、事件が発生したのは「土手」である。必然的に隣には川(同類の扱いをして良いのだろうかと思うほど汚いドブ川)が流れている。大抵、土手は川側に向かって緩やかな傾斜をなしているものである。その場所もまさに「土手」そのものであった。左側に転んだ彼は、土手をアクションスター並のかっこ良さで(実際にはコロコロ・・・って感じであったが、そうでも言わないと彼の名誉に傷が付く)2転3転、行き着く先はドブ川である。

駆け寄って見た彼の姿はあまりに惨めだった。彼は川岸にへばりついていた。幸い先にある水門が開いていたので水深は浅く(と言っても彼が泳がなければならない水深であったが)流れもほとんどなかった為、桃太郎や一寸法師の一場面に近い状態を目撃する事は避けられた。しかし、助けなければならない。ここで一肌脱いで「飼い主の威厳復活大作戦」を慣行する事にした。土手から水面までは約2m。届く訳がない。この寒空の下、何の因果でドブ川に入らなければならないのか全く解らないまま、「助けて・・・」と訴える彼の視線に絶えられず入水。修行僧ならば、悟りを開いてしまいそうな寒さ・臭さの中で、何とか彼を救出する事に成功した。ただし、私はまだ川の中である。救出された彼は、恩義も何も感じないのだろうか。頭の中にまた花びらが舞っているかの様な軽快さでさっさと何処かへ翔けていった。ドブ主人と化した私を妻が含み笑いで迎えてくれた。妻の声を聞いて彼も御帰宅。早速、彼と風呂場へ向かう。一日の疲れを癒す風呂場も今日は全く違う世界になってしまっている。心やさしい私は、まず全身ドブまみれの彼を洗ってあげようと思い手を伸ばした。「ウゥ〜〜〜」彼は風呂が嫌いだ。しかし、その目はいつも風呂で嫌がる目ではなかった。敵対心に満ちたその目はドブ川へ突き落とした犯人を見る目だった。(ように見えた)冬・ドブ川・夜この3つの条件の一つでも当てはまる時に川に入る人がいるだろうか? そこまでして助けてやったのに・・・。昔は生命活動をしていない御地蔵様でさえ傘をあげただけで恩返しをしてくれたらしいではないか!! 毎日世話をしてくれる主人に、しかも命の恩人である主人に対して、よくもあんな態度が取れたものだ。まったく割りに合わないとはこのことである。

何とか彼を洗い終え、自分も奇麗に洗った後、台所のストーブの前で一緒に毛(?)を乾かしている時、彼はいつもの彼に戻っていた。今思えば、川の中に奴等が仕込んだ幻覚作用を促す何らかの薬物が含まれていたに違いない。幸い洗い流す迄の時間が早かった為、完全に奴等の手先にならずに済んだ様だ。
その後、玄関でやすらかな睡眠をとっている彼を見届けて再び台所へ。
日曜洋画劇場はすでに「サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ・・・」の時間だった。


洗い方が甘かったのだろうか・・・。
台所に置いてあったお気に入りの靴下が彼の毒牙にかかって短い生涯を終えていた・・・。



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大 阪 の 女

友人が熱心に語ってくれた話。

数年前、信者を洗脳して様々な事件を巻き起こした教団があったのを覚えているだろうか。広辞苑に「洗脳」とは「新しい思想を繰り返し教え込んで、それまでの思想を改めさせること」とある。確かにそうだ。簡単に考えると学校生活が「ちょっと洗脳」ぐらいになるのだろう。そういった意味では私も数年の夫婦生活ですでに「洗脳」されている。水曜日・土曜日はゴミを出す事を「洗脳」されているし、退室する時、部屋の照明は必ず消す事も「洗脳」されている。こづかいは毎月×××××円で、その範囲内で私生活を過ごす事も「洗脳」されているし、考えてみると結構身近にあるものなのかもしれない。しかし、彼から聞いた「洗脳」はそんな次元の低い「洗脳」ではなかった。

彼は、とある製薬メーカーに勤務する21歳のバカ者。いや若者である。その彼が何の因果か大阪へ出張に行った時に、その忌まわしい事件は発生した。正確にはすでに発生していたのだが。

一通り仕事を終え、帰路についた彼は、数本の電車を乗り継いで、大阪駅に到着した。ここ、姫路とは違ってさすがに人が多い。私にも経験があるのだが、大きな街へ行けば電車の本数が非常に多い。私が幼少の頃お世話になっていた地域では、電車でなく汽車(ディーゼルエンジン)が走っており、ピーク時を除くと、1時間に1本程度しか汽車はやって来ない。そんな状況を知っている私としては、街の人達は何故3分に1本とか来る電車にああもいそいで飛び込むのだろう。しかも、夏休み前に小学生が持って帰る手下げカバンの様なパンパンの状態に向かって飛び込んで行くのである。田舎の人は人が良いとか、都会では隣人との付き合いがないとかよく耳にするが、実は都会の人の方が人が好きなのではないだろうか。私からすれば、あの人ごみの中へダイビングするのは、よっぽどの人好きでないと出来ない様に思えてならない。女性の群れに飛び込むのとは訳が違う。おやじの胸に飛び込んで行く(背中からだけど)姿をもう一人の自分がいたならば、一緒に見学して感想を聞いてみたいものだ。彼等には彼等の言い分があるのだろうけど。
彼が体験した状況はそこまで酷くなかった様だが、電車内は結構混雑しており、彼もなんとかドア付近に立つ事が出来たらしい。廻りを見渡すとおやじだらけ。よくある話なのだか、乗った車両の一つ隣のドア付近に好みの女性がさりげなく立っている。大抵電車に乗って一息ついて初めて気が付くのだが、何故乗る前には気が付かないのだろう。また、座ることが出来た場合、隣の席が空いていても必ずと言って良いほど好みの女性は通り過ぎていき、座るのはおやじである。何故なんだろう。新幹線の指定席なんてその典型である。自分の席の隣が空いている場合、必ずといって良いほど好みの女性が来る事を願うものであるが、ほぼ100%おやじが来るのである。JRの陰謀なのだろうか。かと言って、好みの女性の隣に座っている人も少なからず存在する。ただ単に私にツキがないだけなのか。しかし、熱く語る彼は、その時そうでなかった。発車の合図を知らせるベルが鳴り響く時、ふと見た階段をこの世のものとは思えない様な美女が駆け上がってくるではないか。しかも金髪のぎゃー人(外人)女性。すらりと伸びた長い足に白い肌。GOLDの髪を靡かせて階段を駆け上がる姿は何とも言えない風景だったそうだ。ただ一つ気になったのは、そんな美女がよっぽど急いでいたのか2段〜3段飛ばしで駆けていた事。ちょっとミスマッチな風景になってしまった様だが、美女は美女。辺りの視線を一手に集めて、発車ベルが鳴り終わる直前に彼の立つドアの前にたどり着いた。激しく息を切らせて階段での疲労を癒した後、彼女は彼の正面に乗り込む前に口早に一言呟いた。

「あ〜しんど」

ちょっと待たんかい。なんで日本語やねん。しかも関西弁やんけ。と突っ込みたい気持ちを押えて笑いをこらえるのに必死だった彼はその日、腹筋が少々パワーアップしたらしい。
彼女は、日本に、大阪に「洗脳」され大阪の女になっていた。
彼女の中には母国語はすでに無く、純な大阪人になってしまっていたのだ。
個人が「洗脳」する事は広く知られているが、地域や街も我々を少しずつ「洗脳」しているのである・・・。

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米 騒 動 再 び

我が家には家計簿なるものが存在し、過去の金銭の移動が事細かに記載されている。その為か、妻は金銭にうるさく(?)特に食費について結構気を付けている・・・ように見える。
ある時、日本人の主食でありもちろん我が家でも主食である米が底をつきかけた。この一大事を回避するため、稲刈りで有給休暇を取る事になった会社の方に刈り入れた米を安く譲って欲しい旨を伝えてみた。予想通り快く了承して頂き新米30kgを手に入れたのである。
早速持ち帰り、早々に精米をする予定だったので玄関に放置しておいた。
その時、私は玄関に放置した米の安全について何ら対処をしていなかった。

翌朝、冷静に考えると思い当たったかもしれない光景を玄関で見ることとなった。袋の一部に穴が空き米が散乱していた。玄関で安らかな睡眠を取る奴の仕業だ。幸いなことに奴は生米が口に合わなかったらしく最悪の事体は避けられた。
米袋をガムテープで補強しより安全な台所の片隅に置いた。そして犬にはげんこつを。
余談だが、奴は「トマト」が大好きである。趣味も兼ねて庭に植えたトマトが奴をトマト好きにさせた原因だろうか。たわわに実ったトマトをそのまま食べてしまうのである。おかげでささやかな家庭農園は一匹の肉食獣により壊滅的なダメージを被ったのである。今では枯れたトマトの木(?)の枝を時々食べている風景を見る。
(トマトを盗まれた経験のある方、家の犬の仕業かも知れません。奴に変わってこの場をお借りして深くお詫び申し上げます)

月日は流れ年末がやって来た。米は精米されることなく台所の片隅に眠ったままだ。
年末恒例の泊り込み「望年会」(来年度への希望を託して「忘年会」でなく「望年会」と呼ぶ)が気持ち良くお開きになった朝の事である。
前夜一睡もせず語り明かした友人の一人が自宅に自動精米機を持っている事を聞き、例の新米30kgを精米すべく赴いた。農家とは全く関わり合いのない人生を歩んできた私は自動精米機なるものの使用方法がわからず使用法を友人に聞きながら一連の作業を無事終了し、新たに頂いた米袋に心地よいほど奇麗な米粒をたっぷりと詰め込み帰路についた。

睡魔の気配も全く感じられず、軽快な足取りで我が家へと向かう途中、事件は発生した。
不意に前方の車のテールランプが付いたので、当然の如くブレーキに足をやった。後部座席からの衝撃が背中に感じ取れたのはその時であった。重たい何かが車内で転がった事はすぐに察しがついた。それが米袋である事も。
「ザクッ・・・・サー・・・・・・」 車内に流れるには不自然極まりないBGMが流れた。
ただ「サー・・・」とだけ聞こえるBGMに不信感は募り、そっと後部座席の足元へ左手を伸ばしてみた。そこには、20分ほど前に経験した感触と同一のものがあった。停止して確認する事が出来なかった為、ひたすら走り続けた。頭の中で後部座席の状況が妙なBGMに合わせて思い浮かぶ。まず、何が原因で穴が空いたのか?? どの程度流出しているのか?? 米袋はどんな格好で転がっているのか?? 様々な妄想が頭の中で駆け巡る。人間とはおかしなもので、見えない・聞こえない状況になった場合、ありもせぬ妄想を抱く場合がある。その時の私もそうであった。もしかしたら米袋の中に地球外生命体が潜んでいたのではないだろうか、そんなことを考え出した時には、ちょくちょく後部座席に手を伸ばす状況判断行為もやめていた。
人間あきらめが肝心である。起こった事はしょうがない、後の対処で補えばそれなりに快適な生活が出来るのである。

8時間ぐらい走っただろうか。いや、実際には30分の道のりが長く長く感じられただけだった。
車を停め、後部座席をそっと覗き込む。そこはにあったのは反乱を興こした米の楽園。まさに「米の国日本」を象徴するかの様に米達は元気一杯に溢れ出していた。
一瞬の数十倍の間沈黙していた私は現場検証に乗り出した。犯人は十字レンチだった。私の車の後部座席には、工具とジャッキが満載されており、普段は誰一人として乗ることのできないスペースと化している。
反乱軍の数は推定30000米。しかも新たな反乱軍が少しずつ顔を出し続けている。原因を取り除く為にまたしてもガムテープのお世話になった。その後、ほんの少し持ち合わせている美的感覚を刺激され掃除する事に。しかし、農家の皆さんが汗水たらして育てた米を反乱軍とはいえ粗末に扱う事にためらいを感じ、横着な私が拾える限度を少し超えた程度まで米を拾い集めた。幸いな事にこういった事体を想定し、精米機の友人から予備の米袋を2枚頂いていたので、1枚に表向きは反乱しなかったが反乱に荷担した米を、もう一枚に反乱軍を監禁する頃に成功した。反乱軍は即日裁決で両者「死刑」が確定。また、十字レンチには懲役1年、執行猶予10年の判決が下された。
その後、最後まで反乱を続けたふとどきな輩を処罰する為にガソリンスタンドに向かい、車内の全てのシートを外し業務用掃除機で一網打尽にしたのだった。

最後まで反乱を続けた米達は、助手席のシートの下に眠っていた500円玉と100円玉を狙っていたのかもしれない・・・。

その事件から、たまにシートの下を覗いてみる様になった。

追記:本事件で大活躍をした「ガムテープ」には名誉家民の表彰が行われました。

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関 西 人 の 機 転

勤務先に長年勤務している名も無い木がある。
彼はこれまでたった一人でフロアに酸素を供給し続けていた。正確には、これまた名も無い水草と二人で、であるが。
「芸能人は歯が命」である様に「植物は水が命」である。誰がと決まっている訳ではないが、適度に水分の補給をしているのだろう。一時期枯れかけた彼も今では元気に平穏無事な毎日を過ごしている。

彼の居場所は、喫煙コーナーの脇である。愛煙家の数倍のニコチン&タールに囲まれた生活空間は決して快適であるとはいえなかっただろう。
そんな彼に仲間が増えたのは最近の事である。「喫煙コーナー改善プロジェクト」の一環として新たな植物達が勤務する事になったのだ。彼の14倍の仕事をするはずであった新入社員達は、実は全く働かない、いや、正確には働けない「造花(造木?)」であった。結局、彼の仕事はこれまでと変わらないのであった。

職場には、「テプラPRO」なる製品があり、ほとんど全ての所有物に「管理責任者 ○○」なるシールが貼ってある。当然、この度勤務する事になった造木達にも同様のシールが貼られた。鉢に貼られたシールを見つけた時「造木でよかったですね、もし本物なら管理責任者の名目で、毎日水やりとかしないといけないから、大変ですよね」と会話をした事を覚えている。

数日後、新たに今度こそ本物の植物が勤務する事になった旨を伝えられた。一番喜んだのは古参の彼であったろう。お日様の良く当たる場所に席を与えられた彼等は、現在、生き生きと仕事をしている。
当然、彼等の鉢にも他の鉢に貼られているものとほぼ同じ大きさのシールが着いている。
以前の会話を思い出し内容を確認してみた。

「水をやってください ○○」

む、やるな・・・。
さすが関西人。

私はまだ一度も水をやっていない。
やはり関西人。

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「 曲 者 」

私はこれまで「曲者」が潜んでいたとの情報を耳にしたことがなかった。
天井裏や床下に「曲者」が潜んでいる場面は、時代劇等に多々登場する。当然、時代劇の時代設定がおこなわれている時代には「曲者」の存在は日常茶飯事であったのだろう。(ほんまかいな)
ある夜、「曲者」の対処を行う機会が私にも訪れた。

「曲者」とは、大体が敵方の間者である。お偉い方に仕える者(代表的なのは忍者)があらゆる手段を駆使して敵方の情報収集に励むのである。名の売れた「曲者」として、風車の弥七(水戸黄門)・御庭番衆の才蔵(暴れん坊将軍)などが上げられるが、家にやって来た「曲者」はそんなレベルの高い「曲者」ではなかった。

我が家にも天井裏や床下が存在する。「曲者」は天井裏に現れた。
夜も更け、そろそろ寝床に行こうかとプレイステーションのコントローラを手放した時に奴の気配を感じたのである。正確には、奴の立てた音で奴の居場所を把握したのだが。ド素人なのか、奴は居場所を知らせる音を立て続けた。奴の居場所を把握しながらも私は対処方法についてあれこれと考えていた。

天井裏の「曲者」対策の一般的な方法として、まず同室に自分以外の人が居る場合、口早に・しかも歯切れ良く「シッ!!」(静かにしろの意)と合図を送るのが常識である。その時、右手または左手の人差し指を立てて堅く閉じた唇の前に添える動作を忘れない様にしたい。と同時に、視線は辺りを注意深く見渡す雰囲気をかもし出しながら「曲者」が天井にいる事を仲間に知らせる様にする事が大切である。ここで、仲間の視線を天井に釘付けにする事が出来れば上出来だろう。次に、部屋の片隅に置いてある滅多に使わない槍を「曲者」に気付かれない様にそっと手に取り、狙いを定めて天井裏に突き刺すのがセオリーだ。その時、「曲者!!」とのセリフを忘れない様にする事が重要な要素である事は言うまでもないだろう。「曲者!!」とのセリフがある事で自分の行動を正当化する事が出来るのである。仮に「曲者」が存在しなかったとしてもそのセリフで自分の姿はかっこ良く映るものだ。また、一連の動作が終了するまで天井から目をそらさず、眉間に皺を寄せる事も重要なポイントであるだろう。

これが床下の場合、少々事情が異なる。まず、床の素材が何であるのかで選択肢が別れる。畳である場合、天井裏と同様に「シッ!!」と合図を送ったと同時に、側に置いてある脇差しに手を伸ばすのがセオリーだ。この動作が遅れると少々かっこ悪い。脇差しを手にしたら一瞬の間をおいて静かにかつ重厚な雰囲気で鯉口をきりたい。視線は床にいるであろう「曲者」の位置を完全に把握しているかの様に一点を見つめている事が重要だ。次に、剣を抜くのであるが、剣先が下になる様に抜いた刀を素早く持ち替える時が一番の見せ場である。剣を抜いた時の勢いを殺さず手のひらで柄を滑らせる感じで持ち替えるのだが、剣先は奇麗な弧を描かなければかっこ良くない。これが結構難しいのであるが練習次第で誰にでも出来るようになるので心配は無用だ。持ち替える動作が終わるか終わらないかの瞬間に突き刺す動作に移っていなければならないので、剣を抜く時には突き刺すポイントを定めておいた方が良いだろう。抜いてから突き刺すまでに時間がかかる様では修行が足りない。天井裏の場合と同様にセリフ・視線・表情に注意する事を忘れない様にしたい。板間の場合についてだが、この場で語る事はやめよう。どうしても知りたい方は連絡を頂ければ何らかの方法でお教えします。

残念ながら我が家には槍も脇差しもなく、上記の手順で「曲者」を成敗する事が出来ない。代わりの武器を探していた私の目に一つの飛び道具が映った。その飛び道具がもっとも活躍するを見たのは10年以上前の事であった。今では、少々異なる道具ではあるが大相撲中継で年に数回見ることができる程度である。
素早くその「武器」を手にした私は、かねてから一度やってみたかった「曲者!!」とのセリフに合わせて天井に向けて「武器」を投げつけた。当然、枕が天井板を貫通するハズもなく、鈍い音と共に天井板に跳ね返されてテーブルの上に落ちて来た。私としては「曲者」を追いやるのが目的であったのでそれで満足であった。

結局、正体は解らなかったのだが(たぶん鼠)「曲者」が現れるほどになった自分の偉大さ(?)を認識できたのと、一度やってみたかったシーンを演じた自分に満足したのだった。

元の静観な夜が訪れた。
私はテーブルの上から転げ落ちたお茶の入っていた湯飲みを拾い上げ、ぞうきんを探しに洗面所へ足早に向かったのである・・・。

大物とは大抵の事ではあわてないものだ・・・。ちぇ。

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差額10円

私は愛煙家ではないがタバコは吸っている。一日平均20本。全世界的に喫煙者の肩身が狭くなった世の中で「一度決めた事は最後までやりとおすのが男た!!」との訳の解らない持論を掲げ、日夜(?)煙草生産業者に貢献している。

タバコの箱に「吸いすぎに注意しましょう」との記載があるのをご存知だろうか。注意しないと具体的にどうなるのかは書いていないが、とにかく注意しなければならないらしい。世間一般では肺癌などになりやすいとか聞くけれど、喫煙家の全てが肺癌になるハズもないだろうから全く意識していない。そんなことをいっていると人生何も出来なくなる。きっと、タバコを吸っていると肺癌になるとか言ってる人は、道路を歩けば交通事故に巻き込まれ、活断層の付近に近づけば地震にあい、飛行機に乗れば墜落し、船に乗れば沈没する事を想像しながら気苦労の多い人生を歩んでいくのだろう。幸い私は楽観主義なのであまり気にならなず平穏な毎日を過ごしている。
そもそもタバコの箱に「吸いすぎに注意しましょう」と書いてあるのは何故なんだろう。喫煙家はそんな事は百も承知の上で吸っているのである。なのに何故タバコにだけ特別な記載が必要なのだろうか。糖分を取り過ぎて糖尿病になった人もいるだろう。何故、糖分を含む商品には「食べ過ぎ(飲みすぎ)に注意しましょう」との記載がないのか。何でもそうなんだろうけど、限度を超えてしまえば何らかの悪影響は出てくるはずである。なのにタバコだけを特別扱いするのは何故なんだろう・・・。国はタバコによって収められている税金の額を公表すべきだ。そしたら我々喫煙家の収めた税金の多さに対して何も言えなくなるかもしれない。

私の吸っているタバコは一箱220円である。この度、その220円のタバコが節約の「せ」の字も知らない輩の決定で10円値上がりすることになる。きっとその値上がり分はこれまでの税金と同様に、とっても有効に使って頂けるに違いない。有効な接待であるとか、有効な空出張であるとか。有効な空残業であるとか。とにかく彼等が有効だと思う事は全て有効であるのだから、我々がとやかく言っても何も変わらないのだろう。私が一箱につき10円多く支払う税金は全て有効な浪費に消えていくに違いない。

たった10円で人生計画の変更を余儀なくされた私は、以前計算した内容を今一度、振り返ってみた。仮に一日一箱のタバコを吸った場合、年間8万300円。あと40年生きたとして321万4200円のタバコ代を消費することになる。その計算が、この度のすばらしい国政の結果336万300円となるのだ。今後40年間こづかいが不変(?)であると過程して、もとの額より約2%の増率である。


あなたの健康を損なうおそれがありますので吸いすぎに注意しましょう
喫煙マナーをまもりましょう

税金を納めていることを自覚しましょう


私は愛煙家ではないが愛国家であるかもしれない。

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家計と趣味

私の趣味は、今は「モータースポーツ」だけにしてしまった。

'してしまった'と表現する理由は、以前は、他に「ゴルフ」「テニス」「釣り(海からブラックバスまでほぼ全般)」などがあったのだが、それらに比べると「モータースポーツ」は桁違いに金がかかる。そこで「モータースポーツ」以外の趣味を切り捨てる事で「私にはモータースポーツしかないんだ」と、大蔵省に思い込ませる必要があったからだ。
この大蔵省が、はっきり言って厳しい。財源に問題がない訳でもないが、とにかく厳しい。家計簿は常時3冊が配備されており、日常生活の金銭のやりとりが事細かに記載されている。家計簿を検索・集計するだけで私が趣味に投じた金額などは数十分で白昼の元にさらされてしまうのである。恐るべし大蔵省。これは逆らえない。

4月27日(日曜日)、JAF公認の国内B級ライセンス競技が姫路セントラルパーク(以下姫路CP)第5駐車場特設会場で行われた。兵庫県内で唯一行われている公認ジムカーナである。(国内で行われているモータースポーツの全てはJAFが統括している)当然、私も大蔵省の眉間の皺を乗り越えて何とか費用を出してもらいエントリーしたのである。

ジムカーナ野郎の朝は早い。と言うのも、7時〜8時ぐらいの時間帯に行われる受付けに間に合わせないとエントリー費が無駄になるからだ。今回は会場が近いので比較的ゆっくりしていたが、それでも朝5:30起床。6:00出発。会場が、名阪スポーツランド(奈良県)・岩出モータースポーツランド(和歌山)・南紀白浜空港旧滑走路特設会場(和歌山)・備北ハイランドパーク(岡山)などの場合、とんでもなく早い時間に出発する事になるのである。とにかくジムカーナ野郎の朝は早い。

出発間際に、娘の寝顔を見に行ったのだか、ちょっとした手違いで起こしてしまい、泣きじゃくる娘を大蔵省に押し付け、颯爽と家を後にした。

ラジオすら付いていない車のエンジン音とタイヤが奏でる単調なミュージックを聞きながら目的地を目指して走ること30分。休みとはいえ、こんな朝っぱらから遊びに行く奴なんてほとんど居やしないので全ての道が私の為にあるってな状況のまま到着した。
続々と他のエントラントが到着する中、我がクラブ(モータースポーツクラブ ホットロード)からエントリーしている私を除く5台も到着した。いつも見かける名前すら知らない人達との会話がはずみ(もちろんジムカーナの話題)着々と準備が整っていく中、今日のコース設定を下見する事に。今日はテクニカルなコース設定がされている。難しそうだが、私好みのコースだ。今日はいけそうな感をもちながら、どう走るかをイメージトレーニングし自分の順番(ゼッケン17番)を待った。

前を走った他のエントラントのタイムは私の予想範囲内であったので、何とかなりそうな期待を胸に、ゼッケン17番スタートの時がやってきた。

すいません。コース図はそのうち貼り付けます。
(2002年4月時点で前記載内容がウソであったことが判明)

【1本目】
コース図@〜A 2500回転から半クラッチでスタート後、前方のスラロームへ。スラロームまでの距離は約15メートル。私のマシン:HONDAシティでは、約10メートル強で1速がふけきってしまうのですぐにシフトアップ。
コース図A〜B スラロームのパイロン間が長かったので、そのままアクセル全開で過重移動に気をつけながらスラロームセクションを難なくクリア。スピードものっていたのでちょっと気持ち良い。
コース図B〜C 次は右にGを溜めながらの中速コーナーからの100度程度のパイロンターンである。サイドブレーキを引くか引かないかを迷っていたのだが、結局引くことに。右にGが溜まっていたので、ほんの少しだけサイドブレーキを引きリアタイヤをロックさせて車の向きを変え、立ち上がりに車速を落とさないように気をつける。多少アンダーぎみであったがそこそこの状態で立ち上がる。
コース図C〜D Cの立ち上がりがそこそこ良かったのでそのままの調子で舵角を調整し、Dのターンへ。次のセクションの進入を考慮するとパイロンについて立ち上がったほうが良さそうなので、進入角度を調整し130度程度のターンになる様なラインを取る。ブレーキが甘かったので、サイドブレーキを引いた時に大きく予想ラインを超えてしまう。予想通り立ち上がりも悪い。大失敗。
コース図D〜E Dの立ち上がりに失敗したので大きくタイムロスしてしまった訳だが、落ち着いてライン修正し、右270度ターンへ。今度はブレーキングもバッチリで見事にドアターン成功!!・・・と思いきやリアタイヤでパイロンの角を踏んでしまった。パイロンタッチはペナルティとして5秒プラスされる。この時点で私の1本目は事実上終了していたのだ。しかし、続くコースを走る事が2本目のアタックへとつながるので、真剣に以降のセクションに取り組む。Eのコーナーはサイドブレーキは不要だ。グリップのまま後に続く高速セクションへスピードをのせていく。
コース図E〜F Eの立ち上がりが良かったので、意外にスピードにのる。おかげでドアンダーになってしまい踏みたいアクセルが踏めない状態になってしまった。とは言っても予想ラインをちょっと超えた程度のラインを走っていたので結果的にはそんなに悪くない。ただ、アクセルを踏めなかった分だけスピードが出ていなかったのでタイムロスしたのだが・・・。
コース図F〜G ドアンダーでアクセルが踏めなかったとは言っても、さすがにシケインの進入時には結構な速度になっている。(2速6000回転〜7000回転)高速でのシケインがキライなので予めラインを調整していたのが大成功。シケインを直線的に通過できる。実際にはそれが速いのかどうか解らないが、下手な事をしてミスするよりはマシだろう。続く180度ターンへ向かう進入手前では車速がのっているだけに右Gが凄い。
コース図G〜H Gの180度ターンは、予想通り(?)つっこみすぎてしまう。基本的にFFではターン後の立ち上がりはゼロ舵角が望ましいと聞くが、大きくカウンターを当ててしまうはめに。ブレーキングが甘かったのだ。アクセルONでもなかなか前へ出てくれない。何とかトラクションをかけ、舵角修正後、またしても右コーナー。今日は右コーナーが多い。続いては左270度ターン。この手のちょこまかターンは得意なので、難なくクリア。・・・するはずがサイドブレーキを引く長さが短く、思った様に向きが変わらない。しかたなくデフを効かせて回ってやろうとアクセルを踏み込んだのが、失敗のはじまり。「バキッ」

車は全く動かない状態でコースの真ん中に止まってしまったのだ。こうして私の1本目のトライは終了したのだった。

右ドライブシャフトを破損し、動力を伝えるすべもなくコース内で停止した車と私は、観客・エントラントの見世物状態になっていた。

しょうがないので、車内でバンザイ(お手上げ)をしてオフィシャルにドライブシャフトが折れた事を伝える。人力車と化した私の車は、時速10km以下の速度で退場したのだった・・・。

ドライブシャフトが折れるのはFFで競技をしている以上しょうがないのだが、大抵の場合、自分もしくは同じ車でエントリーしている他のエントラントが予備のパーツを持っているものだ。このままでは、お家に帰る事も出来ないので、早速ドライブシャフトを譲ってくれる人を探す。何人か持っていたので、そのうちの一人に代金は後日支払う約束をして譲り受ける事に。
やはり、同じ趣味を持って集まった仲間だけに対応がすばらしく早い。私が自車に戻った時には、すでに数名が修理の準備をしてくれていたのだ。しかも、初めて会ったような人まで一緒になって修理を手伝ってくれたのだった。復旧作業は1時間程度の時間を要して完了した。え〜話やないか。

本来ならば2本目は走らせてもらえないのだが、競技長に頼み込んで出走させてもらえる事になった。ただし、八百屋とか魚屋とか雑貨品店とかが集まった商店街・・・じゃなくて章典外(タイムが良くても何もない)としてだが。それでも走れないよりはずっとマシなので喜んで2本目のアタックを行ったのだった。

【2本目】
通常ドライブシャフトを交換した場合、ならしが必要なのだが、実走行でのならしになってしまったため思い切ってアクセルが踏めない状態でスタートした。まあ、また壊したら洒落になんないので80%〜90%ぐらいで納得したのだが。前半セクションは難なくクリアし、後半のセクションへ。問題のシャフト折れ現場も押さえ気味に無事クリアし、今度こそはチェッカーフラッグを振ってもらったのだった。
 タイムは、1分06秒の前半。私の参加したクラスでは7位のタイムだ。まあ、押さえて走って7位なら納得かなぁ、なんて思いながらドライブシャフトを提供してくれた高瀬君、その他修理を手伝ってくれた方々および2本目の走行を許可してくれた競技長にお礼を言って回って、私の姫路セントラルパークジムカーナシリーズ第2戦は終了したのだった。


心残りがない訳でもなかったが、それなりに得るものがあり、納得して帰路についた私だったが、ふと、ある事に気が付いた。

大蔵省への報告・・・。

実は、朝の車検の時にリアのタイヤがもう駄目だと言われていたので新しく購入しなければならないのだ。さらに、次回第3戦は5月11日(日曜日)目と鼻の先だ。

   1) ドライブシャフト代金未払い  (24,000円)
   2) セミレーシングタイヤ2本   (24,000円(割引込))
   3) 次回エントリー費        (10,000円)

しめて、58,000円。さて、どうしたものか。

ご存知だと思うが、5月は税金の季節だ。自動車税・固定資産税など、本当に役立っているのかどうか分からない税金をシコタマ納めなければならない。

誰やねん「納税の義務」なんて言った奴は。「税金の有効利用の義務」もついでに唱えとかんかい!! どうせ、税金を良きにも悪きにも使う側が勝手に決めたに違いないんだろうけど。

とにかく税金を納めなければならないのだ。おまけに自治会費が15,000円、友人の結婚式のお祝いに30,000円。その他もろもろ・・・。聞くところによると5月は、20万からの大赤字になるそうな。

いくら私が家計をかえりみず趣味の世界にはまっているからと言っても、そんな状況で今回の話が出来る訳がない。名案が思い付かないまま我が家の前まで来てしまった私は、すぐには家に入らず、タイヤ交換をしながら時間を稼ぐ事にした。


状況説明と次回も参加させて欲しい旨を申し訳なさそうに大蔵省へと伝えたのだが、悩むそぶりもなくあっさりと「NO」。
しかし、この程度で引き下がるわけにもいかない。お祝いをたっぷり溜め込んでいる娘に「なぁなぁ、お金かしてくれん?」と泣き付いてみたが、まだ私の言ってる事が解る年齢ではない(生後2ヶ月半)ので、当然、摂政が代弁する。答えはまたしても「NO」。きっと娘が私の言ってる事を理解できたならOKに違いない!! と食い下がってみたが、相手にもしてもらえなかった。

結局、苦しい家計の原因の一部を担っている私は、あきらめざるを得ない状況へと追いやられたのだった。(しかし、まだあきらめた訳ではない)

いい忘れたが、ジムカーナ野郎は大抵貧乏だ・・・。

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自 首

その日、犯人は自首してきた。己の悪事に対する代償を支払う為に。

日付も変わろうろする頃だった。もちろん我が家の住人は私を除いて全員が安らかな眠りについている。私は、口うるさい(?)妻が寝静まったのをいいことに電気代&電話代を浪費(?)すべくPCに向かっていた。
突然、彼は私の前に現れた。もちろんその時点で私は彼の罪状を知らない。どうやら彼は自首しに来たようだ。とはいっても本来その場所にいるはずのない彼の姿を目撃した時は驚いたなんてもんじゃない!! ってのはそんな状況を思い浮かべるだけで解って頂けるだろう。

無言でこちらを見つめる彼がいったい何をしたのか??

その日、我が家の1階は全部屋がセキュリティと言う言葉とは全く無縁な状態だった。その事に気づいた私は、恐る恐る1階の各部屋へと足を運んだのだった・・・。

まずリビングを訪れた私は、想像したよりも被害が少なかったのに少々安心した。それでも被害が皆無であった訳ではなかった。ところどころ荒らされた後がある。とりあえず犯人に対して余裕を見せようと、「鑑識!!」と呼んではみたがそんなもの我が家には常駐していないので自ら鑑識となり、被害状況を検証する事になったのである。
その時点で犯人は己のした事の重大さに気づいたのかすっかりしょげている。


  <鑑識報告>
リビング 我が家のリビングは、6畳の2部屋を一つにしている。新居購入の際、あれこれと贅沢三昧した(?)家電製品およびリビングセット(ソファーなど)、妻専用ピアノなどが置かれているがそういった大物の被害はゼロ。ただし、小物の被害多数有り。
洗面所&脱衣場 犯人の足跡が発見されたので侵入された事は明らか。ただ、娘のうんちおしめ入りバケツが置いてあったのが幸いしたのか、被害は少なく済んだ。
廊下 通常こういった場所には何も被害にあうような物は置いていないので被害なし。ただし、犯人のものであろう足跡多数有り。(犯人の足跡である事は検証済み)
階段 幸い犯人の足跡は発見されず。よって2階の被害状況は検証の対象外となる。


  <被害状況>
リビング 死者4名・重傷3名
洗面所&脱衣場 1名拉致・監禁される
廊下 なし
階段 なし

平穏無事な生活を送っていた我が家で死者が出てしまった・・・。

  <死者・重傷者の一覧>
被害者A(死亡) 身長25cm程度。推定年齢3歳。死因は出血多量。
衣服を剥ぎ取られた後、左足切断および頭部裂傷・右腕に大きな切り傷を確認。3年ほど前、横浜に出張に行ったときにゲーセンのUFOキャッチャーで捕まえた「レレレのおじさん人形」だ。見るも無残な姿に成り果てた彼は、近々火葬される予定。なお、本人の生前の意志により葬儀は行わない。
被害者B(死亡) 身長30cm程度。推定年齢9歳。死因は頭部裂傷。
頭部にかなり大きな裂傷を確認。かぶっていた帽子はもぎ取られこれまた見るも無残な状態に。彼は私が若かりし頃に頂いた「熊のぬいぐるみ」。被害者A同様、近々火葬される予定。彼もまた葬儀は行わないでほしい旨を聞き及んでいるので葬儀は行わない。
被害者C(死亡) 身長35cm程度。推定年齢26歳。死因は全身裂傷(?)。
彼は、娘のおもちゃ。遺体は原形すら留めておらず、思わず目を覆ってしまったほどだ。役割を果たせなくなった彼もまた、近々火葬される予定。当然葬儀は行われない。
被害者D(死亡) 身長3m程度。推定年齢8歳。死因は頭部切断。
彼は妻が一人暮らしを始めた頃に購入したコタツのコード。私達の結婚に伴い我が家へと活躍の場を移した訳であるが今回このような事態に巻き込まれ、短い生涯を終えた。彼は材質による問題がある為、火葬にはならず、処置を葬儀屋(清掃業者とも言う)へお願いする事になるだろう。
被害者E(重傷) 身長1m程度。推定年齢25歳。全身裂傷(?)の為、再起不能。
彼女は妻が約25年前に使用していた布おむつの内の一つ。妻の実家は物持ちが良く(?)我が家に娘が生まれたときに何処からともなく大量の布おむつが発掘され、現在、娘の愛用品となっているのであった。その内の一人が残念ながら被害に遭遇してしまったのだ。しかし、彼女は、雑きんもしくは車洗いに使用される方向で社会復帰する予定(妻談)。
被害者F(重傷) 身長15cm程度。年齢不祥。頭部爆発(?)。
彼女は妻が結婚時のお供(?)として連れてきた訳の解らない人形。毛糸であしらわれた頭部に犯人の魔の手が伸びた様で、奇麗に整えられていた髪形は実験に失敗した博士状態になっていた。また、頭部に裂傷が確認されている。現在、療養中。手術が必要なのであるが技術的・資金的な問題もあり、今後数年現状を留める予定。
被害者G(重体?) 身長1.5m程度。年齢1歳未満。有害物質による中毒。症状は重い。
彼女は私の母が娘の為に購入してくれた「うさちゃんの布団」。犯人が事前に用意していた有害物質による被害を被った様子。有害物質は表から浴びせられ、体内の奥深くを浸透し背中まで染みていた。幸い即座に救急班による手当てが行われた為、翌々日には本来の業務に復帰。しかし、若干の後遺症残る。
被害者H(拉致・監禁) 身長40cm程度。年齢1歳未満。
当時、洗面所に相棒とたたずんでいた彼は、突然の犯人の襲撃に見を守る術もなく拉致されたようだ。一瞬の出来事であったのでどうしようもなかったらしい(相棒談)。彼等は冬用の「アライグマのヌイグルミ風スリッパ」。その後の調査で犯人が頻繁に出入りしていた下駄箱の下で発見される。意識ははっきりしているが、かなり衰弱していた為、病院へ。外傷等の確認はされず。

現場検証がほぼ完了した頃、犯人はすでに裁判で有罪判決を受けていた。罪状は、殺人(形)・殺人(形)未遂・不法侵入・器物破損・誘拐等数えれば某教団教祖様に優るとも劣らぬ内容だ。しかし、未成年であった事・自首してきた事などを考慮し、ゲンコツ20発・蹴り10発・鞭打ち50発・国外蟄居・メシ抜きなどの処罰が科せられたのであった。


犯人は現在も国外蟄居中である。既に自身の犯した罪に対する記憶がなくなっいるのだろうか、最近では非常になれなれしく話し掛けてくる様になった。罪の意識が全く感じられないのだ。もしかしたら、リビング・洗面所を荒らした後、台所も荒らしてやろうとしていたのだろうか。偶然発見され、機転を効かせて「自首」した事にしたのかもしれない。

それにしても世話のやける犬だ。

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恐 怖 の 旅

旅の写真が出来上がり、各方面の友人に是非とばかりに紹介した「温泉」。
その「秘湯の中の秘湯」を誰一人信じてはくれなかった。
悔しいからここで「秘湯誕生」の全貌を暴露してやる。読んでこの苦労に報いるべし。

金曜日のお勤めが終わってから消防士の友人と「ぶらり地図の旅」をやっていた。日本地図を広げ目的地域を決定しそのまま旅に出る。「あて」がある訳でもなく、ただ単にその地方へ行き何かを見つける旅だった。所持金も燃料費・食費に毛が生えた程度。それまでに、山陰方面とか伊勢方面等、走行距離にして約1000`程度の道のりを金曜日の夜〜日曜日の夕方にかけて走破した。その日は、まだ攻めていない北陸方面を攻略する事になった。
確か20〜21時頃の出発だった。さすがに道は空いている。高速道路なんてもったいないので一般道のみを使用し、日付が変わって2時間ほど経った頃、ある男に出会った。彼は一般の商人を悪徳商人の手先から守るために雇われた腕の立つ剣客で、その名も「用心棒」いや「東尋坊」。名所の駐車場で一泊(車内泊)し、翌朝、観光客になりすまし絶壁の数箇所をロッククライミングで制覇した。秋も終わり冬がそろそろやってくる時期ではあるが幸い天気も良くほんの少し肌寒い程度だった。
特に名残惜しい事もなく「東尋坊」を後にした我々はさらに北上し「ナホトカ号」の重油流出事故で有名になった(実は白鶴酒造の○(マル)の酒のCMでずっと以前から知っていたのだが)三国町へ到着した。当時は、ニュースで見た重油の流れ着いた海岸からは想像できないほど海も美しく、数枚の写真を撮った記憶がある。ただ残念だったのは「鯛のぶっかけ」(だったっけ??)とか言う料理が食べられなかった事。今はそんな事よりもあの時見た奇麗な海が一日も早く戻ってくる事を祈るだけであるが・・・。

旅はさらに続く。当初、海岸沿いに進み輪島市辺りへ向かうはずだったのだが、地図の中に興味深い地名を発見した我々は、目的地をその「男女滝」へ変更する事にした。「男女滝」。誰が名づけたのか、いったいどんな滝なのか。
しばらく、しばらく、しばらく山道を走行し、木々の間からわずかに見える滝を発見。高低差8m程度(?)で緩い傾斜の一枚岩を2筋の滝が軽快に流れている。水量の多い方が「男滝」・少ない方が「女滝」。合わせて「男女滝」である事を看板で知る。もう一筋あれば「三角関係滝」になっただろう。そこらで見かける滝と大きく違う点は、一枚岩の上から下までの間にで3〜4つの滝壷が存在する事。しかも、一枚岩を削ってできた滝壷なので全てがきれいな円形であった。
日常生活と山道走行の疲れを癒すため一時のやすらぎを求めて滝の流れる一枚岩へ向かう。勢いよく流れる水が円形の滝壷から滝壷へと流れ行く様子は、疲れを癒すには充分な風景であった。
小一時間ほどいただろうか。そろそろ次の目的地へ向かわなければと話す我々であったが、そのまま立ち去ってしまうのは非常に惜しい場所である。何かできないかと考えた末、「日本の秘湯発見!!」を企画・実行する事に。用意するものは、カメラ・ハンドタオルの2点。まず服を脱いだ。前日風呂に入ってなかったので風呂ついでにと良からぬ事も考えた。服を脱いで足先を水中に入れた時に考えが甘かった事に気付いた。11月の始め。水温は恐ろしく冷たく生身の人間であれば修行僧か山伏ぐらいしか入れないのではないかと思われるほどであった。しかし、我々の旅に妥協はない!!勇気をもって入水する。(最近TVで耳にしたのだが、「勇気」の「勇」の字は「男に魔(マ)が差す」と書くそうだ)またまた甘かった。もっともきれいな円形で直径2m強の滝壷をターゲットにしたのだが、数百年の年月を経て一枚の大岩を削り取った水の力を軽視した事に対する報いであろう。足が届かない。寒い日は肩までお湯に浸かっていたいものだが、ここではそんな事をしたら命取りになるかもしれない。そもそも滝壷がそんなに浅い訳がない。美しく見えた水の流れも命を脅かす存在でしかなかった。何とか岩に足をかけ体勢を整え持参のハンドタオルを頭に乗せて温泉の雰囲気を死にもの狂いで醸し出す。カメラマン役の友人のナイスショットを待つこと数十秒。待つ。待つ・・・。シャッター音がなかなか聞こえない。彼が言うには「構図が悪い」らしい。しかたなく彼の指示に従い、さらに過酷な滝の中心部で水に打たれるはめになった。最高の笑顔を振りまいて無事撮影終了。命に別状はなかった。

その後、能登半島一周は断念し漁村を数箇所見学後、特にこれといった収穫もなく帰路についた。舞鶴付近でさらに車内で一泊。日曜日の昼過ぎだったろうか、家に帰ったのは。

あいも変わらぬ生活が始まり、昨日のうちに現像した写真をもって出勤した。早速「秘湯」の紹介をしたが、信じてもらえず努力が報われない事を思い知らされた。
それにしても何故そんなに簡単にバレたの???
話はほぼ事実であるし証拠写真まで存在するのに。

くやしい思いを胸に写真を眺めてみた。
そこには最高の笑顔ならぬ最高にひきつった笑顔と、まぎれもない川が鮮明に映し出されていた。

次回は、ドライアイスを用意してみよう。

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野 次 馬 の 結 末

彼は根っからの「冒険野郎」だ。数年前キャンプに凝っていた彼は、自宅のベッドに誰もがする様に布団を敷いてはいたが敷布団と掛け布団の間には寝袋がミスマッチな状況で挟まっていた。彼曰く「この方が温かい」そうだ。
その日、彼は非番だった。休日の過ごし方にあてもなく消防署で朝を迎えいつもの様に帰宅した。あの「阪神・淡路大震災」が発生した朝のこと。

彼は出掛けた。地震の状況を自らの目で確認するために。
神戸に向かう彼の車は、もちろんいつもの様には走らなかった。彼と同類の輩、また家族・友人の安否を確認すべく神戸へ向かう方々で道路状況はこれまで体験した事のない様なとんでもない状況になっていたようだ。一人の女性が彼に声をかけたのは渋滞で進まなくなった神戸市西区辺りの路上だった。女性は親族の安否を確認すべく長田区へ行きたいらしい。渋滞の状況からして自転車等で移動する方が早い旨を彼女に伝えたが、どうやらひどく疲れている様子で、彼は彼女を長田区まで乗せて行く事にした。ご存知だろうが、長田区は最も被害の大きかった地区の一つだ。私自身、テレビでその映像を見た時、言葉もでなかった事を記憶している。この時点で、彼は「野次馬」から「ボランティア(?)」へと変貌していたので、後に彼に降りかかる災難はそれまでの「野次馬」行為に対する天罰であったのかもしれない。

時間はかかったものの彼と女性の乗った車は無事神戸市街地へ到着した。目的地まではまだ距離があったが女性はお礼の言葉を残し姿を消した。消防士の彼の目から見ても、とても消火は不可能に近い状態で火が燃え盛る町並みを彼は同時中継のラジオ放送を聞きながらゆっくりと走っていた。中継車が彼の後方200〜300mあたりを走行している事をラジオの音声から彼は突き止め、自身が目にした状況を少し遅れて解説してくれるラジオ放送に満足し、さらに震災の影響の生々しい光景を目にしながら前へ前へと進むのであった。

当日の朝、私自身は何をしていたのか。そういえば横浜へ出張に行く事になっており、いつもはJRで行くのであるが、何故かその日に限ってバスで駅へ向かった。当時、実家に母と暮らしていた私は、激しいゆれと地響きにより目覚めた。中学時代に起こった「山崎断層地震」の記憶が蘇り、てっきり山崎断層の活動による地震であると決め込んで家を後にしたのであった。そういえば「山崎断層地震」が発生したのは中学2年の時だった。その当時、気象庁でも開発できないであろう「地震感知器」なる物を友人とい開発した私は授業など上の空で、「地震感知器」のテストにあけくれていた。机の上に鉛筆を立てただけの「地震探知器」は、体感できる地震であれば人間が感じるよりも少し遅い程度で振動が伝わりわずかに揺れるのである。また、隣の奴の貧乏ゆすりにも反応してしまいその精度の繊細さに頭を悩ませたものだ。まだまだ改良の余地はあったのだが、その後、山崎断層はすっかりその活動を停止してしまい研究も同じく停止したまま10年余りの月日が流れてしまった。あの時、根気強く開発を進めていれば、今頃はこんな文章に頭を悩ませずマーシャル諸島辺りで悠々自適な生活を送っていたに違いない。人間最後までやり通した者の勝ちなのだろう。
駅に着いた私は未だに神戸の状況が解らないまま、人でごった返す改札周辺をあてもなくさまよっていた。しかし、当日一緒に出張へ行くはずのメンバーの顔は見つからず、結局、「本日は運行いたせません」とのJRの放送を聞き帰宅後、いつもの勤務地に出勤する事にした。実家に到着し見たテレビの中で神戸市は激しく燃えていたのだった・・・。

私の苦労(?)を知ってか知らずか、彼はその映像の中心部に存在していた。ただ何をする訳でもなく燃え盛る町の中を車で進む彼は、後方の状況を事細かく伝えてくれるラジオの声に耳を傾けながら、被害状況を目の当たりにしていた。彼の視覚は常に燃え盛る町並みと倒壊した家屋を、聴覚はその光景を伝えるラジオの言葉を拾っていた。その時間はこの先彼がこの地域を抜けるまで続くはずであった。
道路状況にあきらめを感じ、何とか来た道を帰れないだろうかと思考しはじめた彼の耳に思いもよらぬ言葉が飛び込んできたのはその時だった。その時点でラジオの中継車はまだ彼の200〜300m後方を走っている事は彼が目にした光景を思い浮かべる事で確認できた。

「・・・ガー・・・ガー・・・あっ!! たった今、我々の前で道路が封鎖されました!!これ以上前へ進めません・・・・・」

その時、彼は我が家に参上するのに十数時間を要する事となることに気付いていなかった。



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